2013/07/21

鈴コン分会闘争支援・連帯共闘会議1周年に135名が結集!

鈴コン闘争支援・連帯共闘会議事務局長 吉本伸幸

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7月15日、連日の猛暑と連日の激しい闘争の中、鈴木コンクリート工業分会闘争支援・連帯共闘会議1周年集会に135名が集まっていただきました。心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

連帯共闘会議の発足と闘いの拡大

2012年7月15日に鈴コン分会闘争支援・連帯共闘会議が10人の呼びかけ人のもと、多くの力を得て発足し、その後呼びかけ人も増え、支援会員、団体署名も関西生コン支部の組織的加入をはじめ東京を中心に全国に拡大していきました。
我々鈴コン分会も共闘会議の仲間と共に無我夢中で、「俺たちは奴隷じゃねぇ!団結して闘えば勝てる!」とひたすら仲間を信じ団結を軸として走り続けた1年でした。

鈴コン分会と共闘会議が切り開いた地平

解雇撤回・非正規職撤廃の闘い、地域・産別のあらゆる壁をこえた支援・共闘を求める活動は、発展、拡大し続け、仮処分裁判では連勝し、2013年仮払いも2年目の延長を勝ち取ることができました。労働委員会も第二次審問に突入し、解雇撤回の本裁判もこの秋、いよいよ証人調べに入ります。
鈴コン分会と共闘会議は、「解雇撤回・非正規職撤廃・闘う労働組合の復権」を掲げ、必ず勝って職場に戻り職場支配権を取り戻します。

首都圏広域労組連絡会の誕生

そういう闘いと連帯・共闘をこの1年間作り上げてきたと思っています。
そして、鈴コン分会闘争支援・連帯共闘会議の団結と闘いから首都圏広域労働組合連絡会(首広連)が誕生しました。
青年・学生・正規・非正規労働者を問わず、職場から闘う労働者の団結拡大をもって闘えば負けない、闘いが前進していく発展と展望を自分達が作り出してきました。結成1周年集会は鈴コン分会・共闘会議・首広連・青年・学生と闘う仲間、闘う労働組合が一同に介し、その力が爆発的に燃え上がりました。我々はこれを作り出し、今日からの社会は、闘う労働者、闘う青年、闘う学生、闘う労働組合が主導権を奪い返していけるという確信をつかみとる集会となりました。

鈴コン分会闘争は国鉄闘争と一体の闘い

鈴コン分会闘争は国家権力の中枢と闘う国鉄闘争と一体の闘いとなりました。「白石事件」と鈴コン分会仮処分裁判での裁判官は同じです。解雇撤回・非正規職撤廃闘争を徹底して貫いて団結の拡大を求めて闘ってきた鈴コン闘争が、日本の新自由主義攻撃の中心と不屈に闘ってきた26年間の国鉄闘争と必然的に一体化したということです。

前人未踏の労働組合で社会をひっくり返す

鈴コン分会共闘会議は2年目の闘いに突入しました。国鉄闘争と一体に鈴コン解雇撤回闘争の勝負を決める年です。誰もが成し得ない、前人未踏の労働組合で社会をひっくり返していく大いなる野望を掲げて、鈴コン分会闘争支援・連帯共闘会議は新たな闘いへと突き進んでいきます。

合同・一般労組全国全国協議会サイトから転載

36万人の福島の子どもたちの命と健康を守るため、全国の力でみんなの拠り所となる診療所を建設しよう

福島診療所建設委員会

36万人の福島の子どもたちの命と健康を守るため、
全国の力でみんなの拠り所となる診療所を建設しよう

 子どもたちを放射能から守るたたかいに心を寄せるみなさんに、福島の地に命の拠り所となる診療所を建設する運動へのご支援、ご協力を心から訴えます。
 福島第1原発事故は、広島型原爆168発分もの1万5000テラベクレルのセシウム137がまき散らされるなど、チェルノブイリ原発事故をはるかに越える深刻な事態となっています。
 警戒区域、計画的避難区域などから避難している12万人、自主避難の6万人が家や生活の糧を奪われ、県内の36万人の子どもたちが生活し、遊び、学んでいる地域の75%が、放射線管理区域(毎時0.6マイクロシーベルト)を越える放射能汚染地域となっています。すでに原発周辺から避難した子どもたちの尿からセシウム134、137が検出されるなど、子どもたちの放射線被ばく、とりわけ内部被ばくは重大な問題です。一刻も早く、すべての子どもたちを放射能汚染地域から避難させる必要があります。
 しかし、政府が避難の権利とその補償を拒む中で、子どもたちの被ばくを心配しながらも、経済上のことなどで福島での生活を続けざるをえないのも労働者の現実です。山下俊一福島医大副学長などの「年間100㍉シーベルトまでは安全」、「内部被ばくは心配ない」などという言葉を、だれも信じてはいません。
 だからこそ福島の母親たちは、文科省に押しかけ、経産省前に座り込み、子どもたちの命と未来を守るためにたたかっています。それは9月19日の明治公園の6万人の反原発の行動となり、全国、全世界へと広がっています。すべての原発をただちに止め、福島の子どもたちの命を守る行動をともに起こしていきましょう。

 今、福島で切実に求められているのは、心と健康の拠り所となる診療所建設です。
 福島の子どもたちは放射能汚染による被ばくに日々さらされ、心身ともに息苦しい状況を半年以上も強いられています。お母さんたちの心配も、除染で取り除かれるわけではありませんし、子どもたちをモルモットのように扱う医療機関などとても信頼することはできません。今このときに、「ひょっとしたら放射能の影響では?」と不安になったとき、すぐに相談できる診療所が身近にあればどれほど心強いことでしょう。
 チェルノブイリの子どもたちには、甲状腺肥大とホルモン異常、貧血、頭痛、心肺機能の低下、免疫低下、加齢化の加速的進行、そしてガンの発症など、放射能被ばくによる様々な疾病が報告されています。

 これまでの近代医学の概念を越えた幅広い総合的な取り組みが必要となります。
 予防医学の原則に立ち、人間本来の自然治癒力を促す代替医療をも視野に入れた総合医療と、防護を念頭においた食卓、暮らしの見直しなど、いわば「生活革命」をも提案できる開かれた場が不可欠でしょう。
 診療所建設は決して簡単なことではありませんが、全国のみなさんの力をひとつにできれば絶対に実現できます。

 実際に、広島、長崎の被爆者は、医療も生活も切り捨てられるなかで「人間をかえせ」の声をあげ、たたかうことで自らの命を守り、医療を取り戻してきました。
 広島市の高陽第一診療所がその一つです。1970年、広島で二十歳前後の青年が相次いで白血病を発症しました。彼らは被爆者の父母をもつ被爆二世でした。強い衝撃を受けた被爆二世の青年たちは、自らの力で拠り所となる医療施設をつくろう、と運動を開始し、1972年にプレハブ建ての高陽第一診療所が建設されます。
 この運動をともに支えた被団協の故小西ノブ子さんは、高陽第一診療所を「被爆者の心の窓」と語られています。同じく協力された大江健三郎さんは、「そこには、あきらかな、実践的なるものと、教育的なるものとの、『生命、生き抜くこと』をめざしての融合がみられた。」と、当時の新聞に著しています。それから40年、高陽第一診療所は多くの人々の生き抜くことの拠り所となってきました。
 まさに生き抜くために、このような診療所が今の福島には必要です。全国の医師、医療関係者をはじめ、全国の力を合わせて必ず実現しましょう。
 未来をつくる子どもたちが、被ばくを心配して生きなければならないことなど、絶対にあってはなりません。安心して集い、何でも相談できる診療所をつくることは、みんなの団結で命を守り、医療を取り戻すたたかいであり、すべての原発をただちに停止、廃炉にし、原発も核もない社会をつくる運動そのものです。

 福島の子どもたちの命と心の拠り所となる診療所建設のために、基金運動へのご協力はじめ、多大なご支援などをいただきますよう重ねて心から訴えます。

2011年12月1日

わたしたちが呼びかけます
●福島から
 清野 和彦(元福島県教職員組合委員長)
 佐藤 幸子(NPO法人理事長)
 椎名千恵子(未来を孕む女たちのとつきとおかのテント村行動)
 橋本 光一(国労郡山工場支部書記長)
 市川 潤子(ふくしま合同労組委員長)
 鈴木光一郎(酪農家、ネットワーク「ゆい」福島)
 佐々木信夫(桜の聖母短期大学名誉教授)
 渡辺  馨(福島県労働組合交流センター代表)
●全国の医師から
 吉田 良順(広島高陽第一診療所所長)
 杉井 吉彦(本町クリニック院長)
 松江 寛人(がん総合相談センター所長)
 吉本 哲郎(熊手町クリニック院長)
 末光 道正(八尾北医療センター院長、八尾市議会議員)
 布施 幸彦(館林厚生病院医師)

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