2013/04/21

労働委員会闘争で勝利命令もぎ取る!

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労働委員会闘争で勝利命令もぎ取る!
東海合同労組・東和交通分会分会長 坂野康男

勝利命令の威力、絶大なり

2010年9月28日に申し立てた東海合同労組東和交通分会の愛知県労働委員会闘争は、2年6か月の攻防を経て3月18日付けで命令書が出ました。
6つの争点で2つの勝利命令をもぎ取ることが出来ました。勝利命令の内容は、次の通りです。

公休出勤現金支払制度の改正の際の貴組合員への対応は労働組合法7条3号に該当する不当労働行為であること、平成23年1月13日に坂野康男、今西章夫に対し為した出勤時間の変更指示は、同条1号及び3号に該当する不当労働行為であることが愛知県労働委員会で認定されました。今後このような行為を繰り返さないようにします。

組合は、この「謝罪文」を組合掲示版に大きく貼り出しました。タクシー乗務員が注目し「良かったね」と声をかけてきます。会社管理職は意気消沈し、今までとは一変して組合に対しておとなしくなりました。勝利命令の威力、絶大なり!です。これは、東海合同労組の団結力と合同・一般労組全国協議会に結集する闘う仲間のみなさんの支援によってもぎ取った大きな勝利だと総括しています。

労使対決型組合の勝利

2010年春闘要求書をめぐる団体交渉では、それまでの労使協調の多数派組合ではない労使対決型の東海合同労組の登場に会社は恐怖しました。愛知県はトヨタ城下町の労使関係=同盟型労使協調組合しか認めない風土が蔓延しているのです。
団体交渉で追いつめられた会社は、経営法曹会議とつながる弁護士を代理人に選任しました。代理人は、会社を飛び越えて団体交渉を牛耳るやり方で東海合同労組の団結権と団体交渉権を解体せんとし団体交渉は破壊・拒否されたのでした。

2年10か月ぶりの団交かちとる

2年10か月ぶりに団体交渉を開催した組合は、労働委員会証人尋問で会社側が「代理人は助言する立場である」と証言したことを指摘すると、代理人は「代理人としての権限を有していることには変わりないですが、これからは会社に対する法的なアドバイザーとして会社の許可を得て発言します」と言いました。
組合はここまで会社と代理人を押し込んでいるということです。代理人選任通知をめぐる団体交渉拒否での救済命令は勝ち取れませんでしたが、現場の攻防で勝利を勝ち取っています。

前半戦300名拡大=全国協1000名建設へ

東海合同労組は、動労千葉が呼びかける5・1新宿メーデーや6・9国鉄闘争全国運動大集会と一体となって、この勝利を組合員拡大に結び付けていきます。団結(タンギョル)!闘争(ツジェン)!

合同・一般労組 全国協議会サイトから転載

36万人の福島の子どもたちの命と健康を守るため、全国の力でみんなの拠り所となる診療所を建設しよう

福島診療所建設委員会

36万人の福島の子どもたちの命と健康を守るため、
全国の力でみんなの拠り所となる診療所を建設しよう

 子どもたちを放射能から守るたたかいに心を寄せるみなさんに、福島の地に命の拠り所となる診療所を建設する運動へのご支援、ご協力を心から訴えます。
 福島第1原発事故は、広島型原爆168発分もの1万5000テラベクレルのセシウム137がまき散らされるなど、チェルノブイリ原発事故をはるかに越える深刻な事態となっています。
 警戒区域、計画的避難区域などから避難している12万人、自主避難の6万人が家や生活の糧を奪われ、県内の36万人の子どもたちが生活し、遊び、学んでいる地域の75%が、放射線管理区域(毎時0.6マイクロシーベルト)を越える放射能汚染地域となっています。すでに原発周辺から避難した子どもたちの尿からセシウム134、137が検出されるなど、子どもたちの放射線被ばく、とりわけ内部被ばくは重大な問題です。一刻も早く、すべての子どもたちを放射能汚染地域から避難させる必要があります。
 しかし、政府が避難の権利とその補償を拒む中で、子どもたちの被ばくを心配しながらも、経済上のことなどで福島での生活を続けざるをえないのも労働者の現実です。山下俊一福島医大副学長などの「年間100㍉シーベルトまでは安全」、「内部被ばくは心配ない」などという言葉を、だれも信じてはいません。
 だからこそ福島の母親たちは、文科省に押しかけ、経産省前に座り込み、子どもたちの命と未来を守るためにたたかっています。それは9月19日の明治公園の6万人の反原発の行動となり、全国、全世界へと広がっています。すべての原発をただちに止め、福島の子どもたちの命を守る行動をともに起こしていきましょう。

 今、福島で切実に求められているのは、心と健康の拠り所となる診療所建設です。
 福島の子どもたちは放射能汚染による被ばくに日々さらされ、心身ともに息苦しい状況を半年以上も強いられています。お母さんたちの心配も、除染で取り除かれるわけではありませんし、子どもたちをモルモットのように扱う医療機関などとても信頼することはできません。今このときに、「ひょっとしたら放射能の影響では?」と不安になったとき、すぐに相談できる診療所が身近にあればどれほど心強いことでしょう。
 チェルノブイリの子どもたちには、甲状腺肥大とホルモン異常、貧血、頭痛、心肺機能の低下、免疫低下、加齢化の加速的進行、そしてガンの発症など、放射能被ばくによる様々な疾病が報告されています。

 これまでの近代医学の概念を越えた幅広い総合的な取り組みが必要となります。
 予防医学の原則に立ち、人間本来の自然治癒力を促す代替医療をも視野に入れた総合医療と、防護を念頭においた食卓、暮らしの見直しなど、いわば「生活革命」をも提案できる開かれた場が不可欠でしょう。
 診療所建設は決して簡単なことではありませんが、全国のみなさんの力をひとつにできれば絶対に実現できます。

 実際に、広島、長崎の被爆者は、医療も生活も切り捨てられるなかで「人間をかえせ」の声をあげ、たたかうことで自らの命を守り、医療を取り戻してきました。
 広島市の高陽第一診療所がその一つです。1970年、広島で二十歳前後の青年が相次いで白血病を発症しました。彼らは被爆者の父母をもつ被爆二世でした。強い衝撃を受けた被爆二世の青年たちは、自らの力で拠り所となる医療施設をつくろう、と運動を開始し、1972年にプレハブ建ての高陽第一診療所が建設されます。
 この運動をともに支えた被団協の故小西ノブ子さんは、高陽第一診療所を「被爆者の心の窓」と語られています。同じく協力された大江健三郎さんは、「そこには、あきらかな、実践的なるものと、教育的なるものとの、『生命、生き抜くこと』をめざしての融合がみられた。」と、当時の新聞に著しています。それから40年、高陽第一診療所は多くの人々の生き抜くことの拠り所となってきました。
 まさに生き抜くために、このような診療所が今の福島には必要です。全国の医師、医療関係者をはじめ、全国の力を合わせて必ず実現しましょう。
 未来をつくる子どもたちが、被ばくを心配して生きなければならないことなど、絶対にあってはなりません。安心して集い、何でも相談できる診療所をつくることは、みんなの団結で命を守り、医療を取り戻すたたかいであり、すべての原発をただちに停止、廃炉にし、原発も核もない社会をつくる運動そのものです。

 福島の子どもたちの命と心の拠り所となる診療所建設のために、基金運動へのご協力はじめ、多大なご支援などをいただきますよう重ねて心から訴えます。

2011年12月1日

わたしたちが呼びかけます
●福島から
 清野 和彦(元福島県教職員組合委員長)
 佐藤 幸子(NPO法人理事長)
 椎名千恵子(未来を孕む女たちのとつきとおかのテント村行動)
 橋本 光一(国労郡山工場支部書記長)
 市川 潤子(ふくしま合同労組委員長)
 鈴木光一郎(酪農家、ネットワーク「ゆい」福島)
 佐々木信夫(桜の聖母短期大学名誉教授)
 渡辺  馨(福島県労働組合交流センター代表)
●全国の医師から
 吉田 良順(広島高陽第一診療所所長)
 杉井 吉彦(本町クリニック院長)
 松江 寛人(がん総合相談センター所長)
 吉本 哲郎(熊手町クリニック院長)
 末光 道正(八尾北医療センター院長、八尾市議会議員)
 布施 幸彦(館林厚生病院医師)

URL: http://www.clinic-fukushima.jp/

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